COLUMN コラム・インタビュー COLUMN コラム・インタビュー

【日比野 淳治】プロスピーカーという生き方

JPSA認定プロスピーカー日比野 淳治が、プロスピーカーになるまでの軌跡と生き方を語るインタビューです。

未来は自分自身で切り拓く全ては足元の一歩から
日比野 淳治 (ひびの じゅんじ)

一般財団法人日本プロスピーカー協会 顧問/認定シニアプロスピーカー/岐阜支部 支部長 グローバルアイデアル株式会社  代表執行役員プロモーター

システムエンジニアを14年経験後、1996年に大手生命保険会社に転職。転職後初年度からこれまで継続してMDRT会員に入会し続けており、2回のCOT基準を達成している。同社で7年半務め、最高ランクの職位を獲得した後に独立。2008年より生損保代理店のグローバルアイデアル株式会社を設立し、現在も代理店経営を続けている。2002年にベーシックプロスピーカーに合格、JPSA会員の中で最もプロスピーカー活動歴が長く、現在も自身が取り組む事業継承を始めとした様々なテーマで講演活動に従事している。

走りきって感じる 限界感との戦い

前職はシステムを作る仕事を14年していました。保険業界に入ったきっかけは一本の電話。もっと人の人生と向き合う仕事がしたいという思いを薄々持っていました。そして、コンサルティングセールスを通して人の役に立つことに、どこか心が躍りました。そんな刺激に駆られて、自分の人生を変えようと思い切って飛び込んだのが1996年のことです。とにかくがむしゃらに働きました。仕事柄もあり交友関係が狭かったので、マーケットがなく、先輩からいただくアイデアは何でも実行し、一人でも多くの方に出会うことに必死でした。
結果は、初年度から保険業界では成功の一つの指標であるMDRT基準に該当することが出来ました。その翌年も、同様の働き方で成果を手にしていくことができました。
しかし、その生活が続いた先に、私の心に残ったのは虚しさと不安でした。「今年はなんとかやりきったけれど、来年は同じ成果が出せるのだろうか」。頭の中を駆け巡っていたのは常にそんな言葉でした。ちょうどそのころ、保険業界のイベントで青木社長が登壇され、そこでアチーブメントを知りました。そこにいた自分は、人生の目的はなにかと問われても全く答えが出ませんでした。もし明確にできるのであればと、アチーブメントの講座を受講しはじめたのです。

見つめ直した 「大切な人」との関係

スタンダードコースを受講したのは今から20年近く前のことです。今でも鮮明に覚えているのは、どれだけ自分が仕事人間だったのかを深く自己評価したということです。保険とは大切な人を守るための商品なのですが、他ならぬ私自身が大切な家族を見ずに仕事偏重の日々を送っていたのです。ある意味で自分中心だったと思います。
一度しかない人生、どう生きたら後悔しないのだろうか、本当に大切にしたいことはなにか、何度も考える中で出てきた答えは「家族を幸せにする」という思いでした。成果や栄誉などは捨てても構わないが、家族だけは絶対に失いたくない。その揺るがぬ思いに気がついたのです。そこからは、働き方をガラッと変えました。最優先するのは家族の時間、ともに食事をしたり、出かけたり、学校行事に参加したり。当たり前のようなことですが、これまで出来ていなかったことだったのです。
しかし不思議なことに、家族を大切にすればするほど、保険という商品に対する自信や、自分に対する自信がどんどん高まっていったのです。自分が家族を大切にしている自負があるからこそ、大切な家族を守るためにはこの仕事が必要だと、腑に落ちたのです。それ以降は、自然体で自分が素直に思っていることを伝えることができるようになり、力まなくとも成果を上げられるようになっていきました。

立ち返る場所がある大切さ

ところが、学んでいる原理原則にすべて生きているかと聞かれれば、全くそんなことはありませんでした。もっと多くの人の役に立ちたい、求めてくれているお客様の期待に応えたい。そんな気持ちが次第に強くなり、ありとあらゆる成長の機会を求めてきました。プロスピーカーという資格が出来たのもちょうどその頃です。初めは成長ができるからという理由だけでチャレンジする決意をしました。前例がほとんどなかったですし、どんな活動をしていくのかは全く未知数でしたが、転職のとき同様にチャレンジしてみないと始まらないと思い、飛び込みました。チャレンジする過程で改めて学んだのは、どんなに大きな志も結局は目の前の小さな一歩をどれだけ真剣に本気で積み重ねられるのかということでした。人生の成功は毎日の生き方の中にある。さらにいえば、1度の面会に命をかけて取り組めるのかということだと学んだのです。大きいことをうまく言うよりも、自分の決めたことを黙々と信念を持ってやり続けるほうがよっぽど難しいのです。
しかし本当の伝達力とは、その生き方の中からしか生まれません。その本質を学ばせてくれたのがプロスピーカーチャレンジでした。それ以降、こうしてJPSA活動を20年近く取り組めているのも、この価値観が私を支えていると自信を持って言えます。
とは言うものの、プロスピーカーという資格を得たからと言って、なにか生活が劇的に変わるわけではありません。意識しなければ、自己中心的な思考に戻ってしまいますし、むしろ他人に本気で貢献する生き方を知ったからこそ、それが出来ていないことも痛いくらいにわかります。プロスピーカーになってからの方が、人一倍研鑽を積み、人一倍実行にこだわる必要があると考えるようになりました。
それは、貢献の心を持ち続けるトレーニングとも言えます。仕事の成果とは、他者への貢献の量に比例して伸びていきます。反対に、貢献なくして成果は伸びていきません。そして相手の求める貢献とは何かを知るためには相手の立場に立って、願望を知る必要があります。青木社長が伝え続けている「黄金律」とはまさにこのことです。MDRT会員を20年以上継続して該当し続けられてきたのは、黄金律という原理原則に常に常に立ち返り続けたからだと思います。私にとってそのトレーニングの場がJPSAでした。JPSAでの活動は、自分の我欲だけでは続きません。相手の立場に立って寄り添い、求める成長に対して自分ができる最大の支援をし続けること、それは講師活動ではもちろんのこと、コースアシスタントとしても求められる能力ですし、10年間毎月行ってきた岐阜支部の定例勉強会でももちろん必要とされる能力です。開催を続けてきた中で、人が集まらなくて何度も挫折しそうになったことがありました。
この時間は果たして価値があるのだろうか、こんなに頑張らなくてもいいのではないかと何度も思いました。実はそんなときほど、黄金律に立ち返り続けることに価値があります。人数ではなく求めている仲間のことを考えると、止まる訳にはいきませんでした。より良い学びを提供できるようにもっと自分が成長しようと思わせてくれたのです。
今ではおかげさまで300名規模のイベントを主催しても満員を作ることができるほど仲間が集ってくれています。黄金律に生きる自分が最も力を発揮できることを体験してきたのです。

豊かな人生を生きる人を 一人でも多く

そうして学んできた黄金律は、仕事の成果にもしっかりと結びつきました。現在は代理店として独立も果たし、4000名以上のお客様を担当させていただいております。何より嬉しいのは、私の働く姿を最も身近で見続けてきた娘が、保険の仕事に就いてくれたことです。私のような生き方がしたいと、そう言ってくれています。代理店の後継者として今は勉強をしてくれていますが、彼女に大切なお客様を任せられる日はもうすぐそこまで来ているのです。
 プロスピーカー活動をはじめて今年で17年目、登壇した講演数は優に100を超えました。これからも私が最も苦しかったときに光を与えてくれたこの情報を
全国の津々浦々に伝え続けてまいります。

自身が支部長として立ち上げた岐阜支部。これまで数多くの受講生を輩出し、岐阜の地に学びを浸透させていった場所でもある。

Page Top