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【川飛 みちよ】プロスピーカーという生き方

JPSA認定プロスピーカー川飛 みちよが、プロスピーカーになるまでの軌跡と生き方を語るインタビューです。

縁ある人の見通しになる存在として
川飛 みちよ (かわとび みちよ)

学校法人滋慶京都学園 京都医健専門学校 トータルビューティー科 学科長
日本エステティック協会 本部講師

1998年から皮膚専門の製薬会社でスキンケアアドバイザーを経験し、2004年にプロエステティシャンを育成する講師として独立。2012年からは、専門学校に新設学科の学科長として就任し、ブランド向上や、学生数の増加、教育水準の向上に貢献する。現在では総生徒数が80名を超え、全国規模のコンテストで優勝者を輩出するなど、指導の実績を伸ばし、人気を集めている。 

ビジネスの仕方が分からなかった

「そこそこできるけど、ぱっとしない」。以前の私がずっと言われ続けた言葉です。皮膚系の製薬会社に勤めていたこともあり、美容や化粧品に関する知識は人一倍ありました。しかし、エステティックインストラクターとしての独立後は、知識をどう収入に繋げるのか、全くわかりませんでした。
毎日必死に働くものの、次の仕事はあるだろうかと不安で仕方ありませんでした。そんな出来ない自分に嫌気がさし、生まれ育った環境のせいだと、自分以外の所に成功しない理由を置いていました。当然、人間関係もよくありません。仕事・私生活がともに満たされない不安な日々が続いたのです。
その苦しみから脱却しようと、活字中毒ともいえるほど、様々な情報に浸っていた中、アチーブメントと出会いました。「概念だけでも、ビジネススキルだけでもない。その両方がある」と衝撃を受け、受講を決断しました。私の人生はここから変わり始めました。

チャレンジを通して得られた生きる指針

受講後、ご紹介で京都医健専門学校 学科長のお仕事を頂きました。そこはまさに学びが活かせる場で、マネジメントの質をあげようと様々なチャレンジをしました。まず、教員や広報部門に教育方針をアチーブメントピラミッドで伝え、一貫性のある組織を目指しました。学生には、高い目標を掲げてもらい、成果を出せるよう積極的に力になろうと関わりました。
しかし、現実はそう甘くなく、反発を買う毎日。「もっと自分が成長してステージを上げなければいけない」そう思って進んだのが、プロスピーカーチャレンジでした。
練習で繰り返されるプレゼンが、深いセルフカウンセリングとなり、「影響力のある魅力的な女性になり、人に生きる力を与える」という真の願望が手に入ったのです。
それまでは、周りと優劣を比較し、自分の足りないところを埋めるためにエネルギーを使っていました。成果はそのための手段だったのです。今思えば、相手に自分の正しさを押し付けていたのだと思います。言葉にせずとも、批判や責める気持ちをぶつけていました。
しかし、願望が明確化され、これまで他者との比較で決まっていた自分の価値は、自分を磨くことでしか高まらないと気付きました。そこに注力した結果、徐々に理想が実現し始め、次第に毎日がわくわくするようになりました。

誠実さがブランドを作り入学者数が約3倍に増加

マインドの変化で、マネジメントも変わりました。自分への穴埋めをやめたことで、相手を心から考える余裕が生まれたのです。正しさを押し付けずに、感謝を伝え、願望を傾聴していきました。それを叶えるために相談に乗り、その人に合わせたカリキュラムを組み、寄り添って支援し続けました。結果、学生たちは勉強に対する捉え方が前向きに変化し、教員間で団結が生まれていったのです。勉強を全くやらなかった学生が、自習を始めることもありました。
広報面でも責任者として積極的に高校訪問をし、説明会の開催を継続したことで、初年度の14名だった入学者数が、プロスピーカーに合格した4年後の年には、41名に増加したのです。何よりも、自信を持ち、目標を掲げて楽しく学ぶ学生が増えました。最近では学校以外でも講演の依頼が増えており、関わる人の人生を豊かにできる、この教育の仕事を誇りに思います。
もう一つの成果として、JPSA京都支部を支部長として立ち上げることができました。プロスピーカー活動も、教育同様に次世代の見通しで居続けられるよう、外的コントロールのはびこる美容業界に選択理論を届けるメッセンジャーの役割を全うしていきます。

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