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【田原 文栄】プロスピーカーという生き方

JPSA認定プロスピーカー田原 文栄が、プロスピーカーになるまでの軌跡と生き方を語るインタビューです。

田原文栄
プロスピーカーとして実を通して語る存在
田原 文栄 (たはら ふみえ)

株式会社豆子郎 代表取締役社長

山口県内では銘菓と評される「豆子郎」を製造する株式会社豆子郎 代表取締役社長。老舗の同社を、2013年・2014年日経就職希望企業ランキング (九州・沖縄・山口版)へランクインへと導く。社団法人山口青年会議所第52代理事長、日本青年会議所菓子部会第40代会長などを歴任。JPSA 山口支部設立に向けて尽力する。

「なぜ私が」からの解釈の転換

2016年で創業から68年を迎える山口県の銘菓、豆子郎。私は 創業者の孫として生まれました。 しかし創業者の孫と言っても、祖父母の子どもは4人おり、私の母は末娘。「将来は自分の好きな職業ができるだろう」と考えていました。しかし、阪神淡路大震災が起きたことで状況は一転。当時関西にいた私は山口に帰り家業を手伝うことになり、さらに決定的だったのが、社内の『お家騒動』。思いもよらぬ形で、私がその後を継ぐことになったのです。モチベー ションを高めようとしても湧き上がるのは「本当に私しかいないのか」という思い。次第に、祖父母はもちろん、子どもの頃から可愛がってくれた長年勤めてくださる方々のあらゆる「干渉」にうんざりし始めていました。
アチーブメントに出逢ったのはちょうどそんな時期の2010年。 受講して得られたものは数えきれませんが、一番は自信と解釈の変化です。祖父母が大切にしてきた経営の価値観や経営手法が間違っていなかったこと、同時に、これまで「干渉しないで欲しい」と思っていた周囲の方々の関わりも、それは多くの方々が私の成長は成功を願ってくれていることだと思えるようになったのです。現在は、アチーブメントでの社員研修・採用の実施だけでなく、スタッフの『頂点への道』講座受講により、社内の理念浸透が促進。また共通言語化が促進されコミュニケーショ ン速度も格段に向上していきました。

チャレンジを通して得られた揺るぎない『ピラミッド』

プロスピーカーチャレンジを通して、アシスタントに入る価値についても実感しました。よく「社 員に対してまだ納得のいく関わりができていないからアシスタントは自分には早い」と言う経営者も多くいらっしゃいます。しかし、私の場合は、逆にアシスタントを行うことで社員への関わりが洗練されていきました。初受講からの5年間でアシスタントには17 回以上入っていますが、改めて深く理解できたのは「自分と他人は違う」ということ。初めてお会いする方の人生に深く関わるためには、願望を深いレベルでヒアリングするだけではなく、その上で、「その人にとってどの方向がいいのか」を見極めた上での、適切なタイミングで適切な言葉をかけることが 重要です。アシスタントを通して、これらが現場でも実践できるようになり、社員への遠慮もなくなっていきました。
また、アチーブメントピラミッドも、より揺るぎないものになっていきました。プロスピーカーの基準では、プレゼンテーションだけではなく、日々の行動もより自分が言行一致しているかが問われます。特に「実」を作らないとプレゼンテーションは『単なる説明』で終わってしまいます。自分自身の人生の目的への確信と、そこから来る一貫性をもった行動へと繋がっていきました。

経営者は一番のトレーナー

おかげさまで、各地で講演や取材の機会を数多くいただいていますが、私はあくまで事業継承者。 プロスピーカーも同様、アチーブメントテクノロジーと選択理論をいかに純粋に伝えて行けるかが鍵だと思います。JPSA山口支部設立に向けて、故郷に学びの環境作りを行っていきたいと思います。『経営者は一番のトレーナーである』という青木社長の言葉を胸に、「実」を通して、行動で人を導ける存在へとさらに邁進してまいります。

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